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2016/08/29

(外部ブログリンク)創作について: インタビューから

前回ご紹介したインタビューから、創作に関するお話の部分を、拙訳でご紹介しました。

SUSSANRAP Kindle Books - 【ブログ】創作について: テッド・チャンさんインタビューから 
【※引っ越し時追記(2024/10/16):上記は管理人のサイト内ブログですが、掲載時とはサイト名とブログ名などを変更しています】

自主出版電子書籍のサイト内ブログなのですが、時々好きな漫画家さんのお話なども載せています。(個人ブログと差別化するため、なるべく創作関連のお話に絞り、映画や俳優さんのミーハー話は自粛中(笑))

自分と同様に仕事をしながら自主出版・創作活動をなさっている方々も時々見てくださっているようなので、参考になるお話だと思い、そちらでご紹介させて頂きました。チャンさんに言及するのは初めてなので、少し長い解説付きです。半分ファントークでお恥ずかしいですが(^^;)、なにとぞご了承くださいませ☆ 

2016/08/12

"Arrival"予告編 &インタビュー:映画化についてなど

 インタビューの記事をアップしようとして、ついででググったら3日ほど前にトレイラーが公開されていたということで、前後しますが先にそちらを貼ります。いよいよなんですねえ…!


〈※引っ越し時追記:当時埋め込んだ動画は再生できなくなっているので、別の公式トレイラーを貼ります〉


インタビューは見つけてからだいぶ時間がたってしまいましたが、ようやく記録します。がっつり"Arrival"(『あなたの人生の物語』映画版)に触れてるインタビューです!なにより嬉しかったのは、ご本人が「典型的なハリウッド・ディザスターになることはなんとか避けられたように思う。見るのを楽しみにしてるよ 」と請け合ってくださったこと。そして新しい情報として、他にも映像化待機作品が(そしてぽしゃった作品も)あるとのこと。ご本人という一番確実なソースなので、その部分だけこそっと拙訳で。元ページはこちらです。

The Legendary Ted Chiang on Seeing His Stories Adapted and the Ever-Expanding Popularity of SF

他にも、SFを知る前の子供の頃はネッシーやビッグフットなどの不思議系ノンフィクションが好きだったこと(うわー親近感♪(笑))や、創作についてのお話など、すごく読み応えがあって楽しいインタビューなのですが、なにしろ長いし全訳載せてしまうのもなんか問題ありそうな気がするので(^^;)、ここには前述の映画化関連のとこだけ載せます。他の部分もブログなどで一部ずつご紹介するかもしれないので、そちらで訳した場合にはこのコーナーにもリンクを貼りますね)

*      *      *

以下、MはインタビュアーのMeghan McCarronさん。Cはチャンさん。McCarronさんは10年来のお友達とのこと。
「もしあなたが深夜1時にホテルのロビーに座っていて、言語の本質について討論したいと思うなら、彼はまさにうってつけの相手」と面白い紹介をしています。実際メールでそれについてやりとりなさったようです。(面白そう!その話の中身も読んでみたい♪) …なので、語調は友達同士という感じで訳させていただきました。急いだので言葉がこなれてませんがご了承下さい。(時間がとれたら少しずつ整えますー)

M; 『あなたの人生の物語』は、ある言語学者がエイリアンの言語を学ぶ過程での個人的な変容を描いていて、今は映画になろうとしてる。物語が映画というエイリアンの言語に変容するのを見るのはどんな感じだった?

C: うまい言い方だね!映画はまさにエイリアンの言語だ。別の言い方をすると、少なくともある程度うまく聴くことはできるけど、自分ではまったくしゃべれない言葉だ。これはある程度のレベルではずっとわかってた。だけど初めて『あなたの人生の物語』の脚色についてアプローチされたとき、それを思い出したよ。映画にするために売り込んだことなんか一度もなかったストーリーだから。そしてこれは僕たちが話した、書き言葉がどれだけ深く僕らの意識に組み込まれているかって話とつながる。ストーリーが頭のなかで形をとるとき、僕が考えているのは文章なんだ。もし僕が脚本家だったら、シーンを思い描いてると思う。この二つのストーリーテリングの間の違いはいかに深いものかって考えさせられたよ。

本を映画に脚色するプロセスも、僕にはミステリアスだ。具体的には、映画の『L.A.コンフィデンシャル』とその原作になってるジェームズ・エルロイの小説の違いを考えてる。僕は映画を見たあとに小説を読んだ。そしてすごく驚いたんだ。映画のプロットはかなり込み入っていたけど、小説の大規模で不規則に広がる陰謀とは比べるべくもなかった。もし小説を先に読んでいたら、映画に脚色するのは不可能だと言っただろう。だけど脚本家たちがしたことは、小説の主人公たちを取り出して、そのキャラクターたちが基本的に同じ役割を果たせる、まったく新しいプロットを構築することだったんだ。できあがった映画は、小説のテキストにはかなり忠実でないにも関わらず、小説のスピリットには忠実だった。これは僕には思いつかなかったアプローチだ。僕なら、なんであれ映画に脚色するとしたらオリジナルを尊重しすぎてしまうと思う。

それから、映画の完全に産業と化した製作、という側面がある。僕が理解したほんの少しのプロセスを元にして言えば、映画を作ることは、ノルマンディ上陸作戦を計画しながら、同時に芸術作品を作ろうとするようなものだ。複雑な事業計画の悪夢を乗り越えていい結果を出す映画は、どれも一種の奇跡だ。『あなたの人生の物語』の脚色プロセスは比較的スムーズだった。速くはないと思う――僕が最初にコンタクトを受けてから五年経ってる――だけど関わる料理人が多すぎたってわけじゃない。プロジェクトは、典型的なハリウッド・ディザスターになることはなんとか避けられたように思う。見るのを楽しみにしてるよ。

M: ほかに映像化の契約をしている作品はある? でなきゃ、特にほかの媒体に移されるのを見てみたいと思う作品は?

C: これまでに契約してるほかの作品は2、3ある。だけどそれらはプロセスの初期の段階にあるから、話すのは時期尚早だと思う。

何年か前、僕の『地獄とは神の不在なり』を原作にしたテレビシリーズを売り込む許可を求める監督からアプローチを受けたことがある。これも僕には思いもよらないことだった。あの話は幅広いオーディエンスにアピールするにはあまりに救いのない、陰気な話だったから。だけど彼は、人生において天使の降臨が起こす波紋と向かい合う、という形で信仰の問題と格闘する人々に焦点をあてるシリーズを構想してた。何度か話をして、僕は彼に納得させられた。自分が見てみたいシリーズだと思えたんだ。その監督は彼のアイデアをあるネットワークに売り込んで、ネットワークは彼にパイロットの脚本を書かせるくらい興味を示した。だけど結果的には、宗教的な側面を気にして見送ることを決めた。その種のテレビシリーズの機会は閉ざされて、今はThe Leftoversが放映されてる。だけど、あの話がビジュアル媒体に移されるのを見ることには今でも興味があるよ。

*      *      *

『地獄とは神の不在なり』は、個人的にはチャンさんの作品で一番ビジュアル化しやすいと思った作品なんですけど……そうかあ、宗教的側面。日本ではそんなに気にならないけど、アメリカでは難しいのかもですね。残念でした。でもまだチャンスはあるかも。そそられる題材ですから放っておかれないでしょう。もし"Arrival"が成功したら、次は企画が通りやすくなるはずです。

他に個人的に驚いた偶然が、自分も映画化の話題が出たときにここの記事で例として出した『L.A.コンフィデンシャル』のお話をしていらしたこと! ファンモードで飛び上がるほど嬉しかったです。 映画→原作という順番も同じで…というか、あの映画見たら原作気になりますよね~。(笑)

ただ、自分は映画好きが軸足なので、原作は映画に惚れ込んで「なんでこんなに面白いんだー!」とさんざんリピートしたあとに読んで、「映画にするには足りないものがある」と感じたんです。そして原作にない「ロロ・トマシ」の工夫を理解してヤラレました。一時的にブライアン・ヘルゲランド(これでアカデミー賞の脚色賞を受賞しました)のファンになって、彼が関わった作品追っかけたくらいです(笑)。その後離れてたんですが…え、『レジェンド 狂気の美学』ってこの方が脚本・監督だったのか!見なければー!

…閑話休題、チャンさんも基本的には同じことを指摘してらっしゃるのですが、軸足が小説の方なので、微妙に違う見方なのが興味深かったです。映画の話、もっと読みたいなあ……映画なら理解しやすいので。
そしてそういう尺度を理解しているチャンさんが、今回の映画化を大丈夫だろうと予想してる、ということは、「ディテールは原作に忠実でもベクトルが外れてる作品」にはなってない(可能性が高い)、ということだと思います。それが嬉しい。それって「映画として」いい作品になってくれてる(可能性が高い)、ということですから。映画好きとしては、そういうものを見たいです。

ともあれ、映画は今年秋公開とのことなので期待です。そのうち「探さなくとも」この映画のニュースがあちこちで読めるようになるんでしょうね……このキャストなら日本でも劇場公開してくれていいと思うし、ほんと楽しみです。

2016/06/14

漢字についての考察

少し前にネットに出た、テッド・チャンさんのThe New Yorkerへの寄稿記事の感想です。いろいろ話が広がったので長いです。すいません(^^;)。出た当日に読めて感想メモもしていたのですが、なかなか時間が取れず整理がずれ込んでしまいました。鮮度が落ち、あちこち話が広がってまとまっておりませんが、メモとして残します。元記事はこちらです。

Uninvent This MAY 16, 2016 ISSUE
Bad Character BY TED CHIANG

チャンさんの意見に違和感を覚えたのはほぼ初めて。ちょっと穿ちすぎかもしれないですが、もしかしたら、これは映画化される『あなたの人生の物語』が漢字からの発想を連想させるもので、かつ書いたご本人が中国系であるために寄せられそうな質問への先回りした回答だろうか? というのが、一番強く感じたことでした。個人的には、テッド・チャンさんを(外見を別にすれば)中国的だと思ったことは一度もないんです。少なくとも書かれたものや、唯一の生で拝見する機会だった横浜ワールドコンでのトークの印象は、物腰は穏やかなものの、思考は「100%アメリカ人」と感じました。今回の記事はそれがすごく表れているとも言えるし、少々欠落しているものを感じて、ちょっといつものチャンさんらしくないとも感じました。

ざっくりまとめると、チャン氏はこのコラムの中で、中国が伝統を重んじるのは古い中国語の文書が漢字で書かれているためだと言います。そして漢字は表音文字ではないために発音の変化の影響を逃れることができ、のちの時代でも容易に読み解かれ、そのために古い価値観が今でも生き残り、中国が近代性を取り込む妨げになっていると指摘します。(……そうかなあ?)
そして古い価値観が生き残る度合いがアルファベットを使っている文化圏より大きいのは、アルファベットは表音文字であり、発音は時代により変わるので、のちの時代に古い文書を読み解くことがより難しいからだと言います。(……そうかしら???)

この記事で、チャン氏は一度も表意文字(ideogram)にあたる表現を使っていません。中国文字(漢字)が表音的でない、という点を基盤にしていて、文末では自分などが普通に理解している漢字についての「誤解」を列挙しています。その部分だけ、少しはしょって拙訳します。(カッコ内は自分の書き足しです)

もし中国語が表音文字の言語だったら……なんて想像することに意味があるかわからないけれど、もしそうだったら漢字に関する誤解をこれ以上聞かずにすむだろう。漢字は「小さな絵」(表形文字?)だとか、意味を直接表しているとか、"crisis"(危機)を表す漢字は"danger"(危機) と "opportunity"(機会) の両方を表す(「機」の使用例のことかな?)とか――少なくともその点はほっとするところだ。

――という結びなのですが――ええっ、そうですか?全部当たってると思ってたけど勘違いですか?(^^;)

…ここを抜きにしても、全体を通して私の目には、チャン氏ともあろう方がずいぶん荒っぽい論旨の組立をしているように見えました。中国語に対する評価がというより、それを中国が西洋的な近代化をなかなか受け入れてこなかった理由としているところが飛躍しすぎな感じで。これまでのチャン氏の記事なり発言なりを見てきた延長で考えると「そんなはずがない。私が読み違えてるんだ」と思いました。で、読み直したんですけど、やはりそういう印象は変わりませんでした。しかしこの割り切り方はとても「アメリカ人」的だ、とも思うのです。なにかこういうことを書くきっかけが(依頼されたから、というのは別にして)あったんじゃないかなー、と思わせる感じさえありました。

昔、ほんの少しだけ中国語を勉強したことがありました。たしか中国語にも表音用の当て字はあり、それで外国人の名前や外来語に対応していたはずです。(あとで確認します(^^;))
アルファベットと漢字(そして日本人の漢字+仮名のミックス)による違いが、別の文脈から個人的に興味を持っていたことと重なるので、少し横道ですが思い出したことを書きます。

アルファベットを使う文化圏の人と、漢字を使う文化圏の人では脳の使い方が違うんだそうです。(典拠はプルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?)これによると、中国人と日本人(漢字+仮名)でも違うそうです。使う文字によって、脳の日常的に使う領域が異なるのはとても面白いと思います。(これを「どちらが優れているか」という、硬直した小さな概念に落とし込むことはしたくないです。単にそれぞれの特徴を知り、自分が当てはまるパターンを自覚し、異質なものと向き合うときの理解の助けとしたいです。なかなか自覚できるものではありませんが)

チャン氏は子供の頃通わされた中国語の土曜学校で漢字に苦労した思い出を語り(土曜の朝にやってたアニメが見られなかった、なんて話をしてます。こういうの見てたんですね(笑)。Wikipedia: Super Friends https://en.wikipedia.org/wiki/Super_Friends )、発音を頼りにできないと丸ごと暗記するしかない、としているんですが、そうかなあ?と首をかしげました。漢字は部首に意味があるので、漢字の記憶はある段階からはエピソード記憶に近いものになると思います。そこが覚える助けになって、図形として暗記する必要はないと思います。もちろん自分はそれに慣れているからかもしれませんが、同じアルファベットでも単語によって発音が違う英単語のスペルを覚えるほうがずっと難しく感じます。(チャン氏はアルファベットさえ覚えれば、新聞に印刷されてるほとんどすべての文章が読めるというのだけど、これはまったく同意できないです~!(^^;)ほんとにそうなら苦労してません!(笑))

でもこの認識の違いって、単純に「当たり前と思っている脳の使い方」の違い、ということかもしれないです。先ほど言及した通りに、言語のタイプによって使う脳の領域が違うとしたら。そのへん深く掘ってみたい気がします。使う文字によって認識の仕方が変わるというのは、まさに『あなたの人生の物語』に出てきたことでもありますよね。(だから、「来るかもしれない質問への先回りした回答」なのかな、と思えたんですよね。「漢字からの発想なのか? あなたは中国系だし」という短絡的な質問はありそうな気がする。そして漢字のデメリットをあえて指摘してみせているのが、ちょっと「そんなんじゃないよ」ってポーズに見えたんです(笑))

閑話休題、ものすごく単純に言えば、この記事でのチャン氏のビジョンは、西洋世界がたどっている進歩という縦軸に沿う傾向がある(いわゆるアメリカ的な、とも言える)、という印象を受けます。もちろんこの方がきっぱりと偏るということは少ないと思います。違う角度で見ることも必要によって使い分けるでしょうし。それでも、譲れない一線や思考の癖みたいなものは万人にあると思います。

またちょっと話が飛ぶのですが、ちょうどひと昔前の歴史家の論争の本を読んでいたので、そこでの論点と重なって見えました。本はハエとハエとり壷。その本は当時(1960年代頃)の有名知識人との対談などをまとめたものなんですが、対象はイギリスの哲学者と歴史家です。(今書いてるシリーズの参考にしてたら萌え対象になってしまった歴史家E. H. カーの対談も入っていたので、ミーハー的に手を出しました。奇しくもThe New Yorkerに連載された記事を改稿した本、ということでした。なんという偶然(笑))

すごく平たく言うと、歴史は決定論だけでも偶然論だけでもわりきれない、というところが歴史家さんの立場や論争のバリエーションを生んでいるのですが、その枠組みの余韻に浸ったまま今回のチャンさんの記事を読むと、氏が当然のものと捉えている進歩はとても実際的なもので、かつどちらかといえば……ものすごく乱暴に括れば、西洋の文化が一番進歩しているとして、もし違うところから始まったとしても似た経過をたどるだろう、という仮定を感じます。歴史観としては決定論に近い、と感じました。そこもちょっと「いつもの印象と少し違うな?」と違和感を感じたところでありました。その方向にもっていくにしても、間でなにかすっ飛ばしているような。

…でもいわゆる西洋的進歩への信頼・信仰(?)は、今の自分たち(日本に住んでる自分など)のほとんどが共有していることだと思います。川で洗濯するより洗濯機ですむほうが便利で進歩的だと思うし、歴史はその方向に進んでいくと信じています。(その方向の行き過ぎに歯止めをかける方法が今議論されている、とも言えるけれど、少なくとも洗濯機を捨てて川に戻ろう、というレベルの話ではないですよね)

それでも、今回はチャン氏の話の持っていき方に違和感を感じましたし、少し違う切り口でこの問題をより深く見てみたいとも思いました。前述の、言語の違いによる脳の使われ方の違いです。もちろん言語だけで脳が形成されるわけではないし、いろんな問題が絡んできます。たぶん認識論や脳科学だけでなく、経済や世俗権力の問題も。ちょっと広がりすぎるので、今回はこの方向、このへんでやめておきますね。(笑)

感想に戻ります。以前までに読んできたチャン氏の論考は、よく言えば慎重で論理的で穏当な一般論で、読むと正気を喚起されるようなすがすがしさがありました。同時に、あえて悪く言えば「常に正しい一般化されたアドバイスは、現実的な個別の問題には役立たない」の範疇を出ていないとも言えるかもしれない。(「アドバイス」ではないんだけれども、話のお行儀のよさがそんな印象)

今回は自分にとって違う感触の記事であり、とても面白く思うし、アメリカ人読者がこれをどうとらえているかも興味がわきました。…そこへ流れて来たのが「炎上」の記事です。チャン氏が書いた漢字へのツッコミ部分に対して反論があったことを紹介しています。

Firestorm over Chinese characters

たぶん、彼ら(チャン氏を含めたアメリカ人)にとって、現在の「中国」が持つ意味は以前とは少し変わってきていると思います。人間は社会環境の影響を受けるものだ、という認識は前述のE. H. カー氏の主張から強く印象付けられているのですが、それはここでも通用すると思います。中国は、数十年前の「中国」とは違うインパクトをアメリカ人に与えているでしょう。もちろん日本人にも。遡上に乗っている「漢字」がその「中国」の文字であることが、このトピックの扱われ方に影響を与えているように思います。そして今だからこそ、このトピックが取り上げられたのかもしれない。むしろそこが興味深いところかもしれないです。

(余談ですがこの記事のタイトル、もしかしてあとから編集部が変えたのではないかしら。kindleで読もうとPush to kindleでファイル化してダウンロードしたのですが、自動的についたタイトルがなぜかIf Chinese Were Phonetic(もし中国語が表音文字だったら)だったんです。アプリのからくりはわからないけど、元ファイルのタイトルかもしれない。こちらのほうが穏やかで、かつテーマに沿っていて、いつも論理的だけど単純な断言を避けるチャンさんらしい表現にも感じます。より過激に感じられる記事のタイトル……Uninvent this: Bad Character(「uninvent」は手持ちの辞書ではリーダーズ・プラスにしか載ってません。「=捨て去る、なかったものとみなす、廃止する」なので、漢字をbadな文字として「捨て去ろう」ってことですよね)は編集者がつけたタイトルではないかしら、とか思ったり。「炎上」した反論はおもにこのタイトルに表れた部分に対してです。話題性を狙ったのなら当たりだけど、チャンさんや老舗のThe New Yorkerがそんなことを狙うとも思えないなあ……)

おまけ:
ちょうどニューヨーカー誌のベテラン校閲さんのTED(これは公開講演のほうのTEDです(笑))抄訳トランスクリプトページをツイッターから知って読ませて頂いたので、リンクしておきます。寄稿記事にどの程度指示・修正が入るのか(そこは校閲でなく編集だと思いますが)は謎ですが、少しそれが影響した可能性、そして自分の読み込みが浅い可能性もまだ考えておりマス。なんかお門違いなこと書いてたらスミマセン。(^^;)

メアリー・ノリス ニューヨーカー誌が誇るカンマ・クイーンの重箱の隅をつつく栄光

 


 

『あなたの人生の物語』の映画版が"Arrival"というタイトルになり、フリー・スクリーニングが行われる、という情報を少し前に見たのですが、こちらもその後の情報を漁っていないので、そのとき見たリンクだけ。後手後手ですみません。(^^;)

‘Arrival’ (Story of Your Life) Free Advance Screening Passes in Los Angeles

↓こちらは今タイトルでググッたらトップに出てきた記事ですー。

Story of Your Life Might be Getting a Blander Title: Arrival