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2009/11/25

この圧巻を、ぜひ。/テッド・チャン『息吹』

 待ちに待ったS-Fマガジン1月号が発売になりました。テッド・チャン『Exhalation』の邦訳掲載号です!今回は先に初掲載時のアンソロジーを読むことができたので、個人的には再読でありますが、やはり最後の2ページくらいになると目が潤んでしまいました。喫茶店で読んでたので困りました。(笑)

作品についての紹介と感想は、前に読んだときに書いたので、そちらをご覧ください。
(→『Exhalation』感想)…このときは、未読の小説を英文で読むこと自体…ネットでしか読めないスラッシュや無料ネット図書館の拾い読みをのぞけば…初めてだったので、誤読を恐れていましたが、今回の邦訳を読むと「そのとおり」の話だったので、ちょっとホッとしました(^ ^;)。ただ、感想の中で「この作品がそれではないか」と書いているAIものは、今回の解説によると別の作品だそうで、もうすぐ完成するそうです)

とにかく芳醇な、端正な短編です。わずか13ページ。信じられない。ラスト2ページのイメージの圧巻ぶりと、同時に胸を締め付けられるある種の、感傷的感覚。でもこの感傷は内向きのじめじめしたものではなくて、夜に一人で星空を見上げて、それがあまりに広大なのを認識したときに感じるものと似ています。(だから感傷というのはちょっと違うかもしれないんですが、うまい言葉が見つかりません…前の感想を読み返したら、そちらでも感傷という言葉を使ってますね…ボキャブラリーが増えてないわけです…)

前にも引用しましたが、ここが心にダイレクトに響きました。(拙訳で失礼します)

そのようにして、私はふたたび生きる。あなたを通して。

…SFに限らず、小説読書量自体が少ない自分は、常にそちら方面にアンテナを張ってるわけではないので、テッド・チャンの作品を知るチャンスを得たのは偶然の幸運です。そんな私なんぞがおすすめと言うのは僭越で気が引けますが、逆に言うと「SF読み」でなくとも引きずり込まれる作品なのだと思います。

そんなわけで、ジャンルの枕詞なんかいらない、普通に(?)珠玉の作品だと思うんですが、「SFならではの作品」とよく評されているんですよね。そのへんが自分にはよくわかりません…。あてているものさしが自分用すぎるのか、あるいは「SFでない小説」というものが、よくわかってないのかもしれません(笑)。でも、よくチャンと並び称されるSF作家のグレッグ・イーガンの作品は、私の目にはまったく印象が違いました。…なので、「…が好きな方におすすめ」という勧め方が、私にはできません。

でも、 この美しい圧巻、機会があったらぜひぜひ多くの方に味わっていただきたいです。
…この号はSFマガジン自体の五十周年記念号でもあります。(今月は海外SFで、来月は国内SFの記念号になるらしいです)…すごい。私の生まれる前からあるんですね、SFマガジンて。まあそのおかげで今月号は高くて、正直びっくりしましたが(笑)、その巻頭を飾るのがテッド・チャンというのが嬉しい!そしてそのほかの現在の代表的作家さんの作品と、過去の傑作再録も載っていて豪華です。私のような「SFはそこそこ好きだけど量は読んでない」なまぐさ者には、一気に視野を広げてくれそうな(?)一冊です。他の作品もこれからゆっくり楽しもうと思います。…レトロSFのビジュアルが好きな自分としては、創刊号の表紙イラストを紹介したカラーページも魅力的です。あ、グラビアでは海外作家さんの祝辞と写真も載っていて、テッちゃんせんせのもあります!横浜でのワールドコンに触れていて、ちょっと嬉しいです。(笑)

…今回のチャン作品の解説に、イメージソースとなった本が書かれていて興味深かったです。二つあるうちのひとつ、フィリップ・K・ディックの『電気蟻』というのは読んだことないので、探して読んでみようかと思いました。もう一方はロジャー・ペンローズの『皇帝の新しい心』!・・・ペンローズさんは、ここではまだ話題にしたことが(たぶん)ないのですが、じつはここ数ヶ月くらいちまちまと調べている事柄に関連して、何度も出会った名前なんです。で、しょーがないので(?)先月『ペンローズの“量子脳”理論』というのを買ったばかり。関係書籍のなかでは文庫で比較的安かったので…。(←しかも拾い読みしただけで放置中…(^ ^;))

『皇帝の新しい心』は気になってるのですが、ぶっちゃけあまりに高いので避けたんです…。(だって7770円て…(^ ^;)みすず書房の本て面白そうなのばっかだけど高すぎる~っ!デフレの波は本には及んでくんないのか!?「みすず文庫」とか廉価にしてくれたらじゃんじゃん買いたいんだけど~!(泣))

でもテッちゃん先生が読んだのなら…読もう。読むわ。高いけど。それに私には難しそうだけど。そしてやっぱり高すぎるけど。…図書館にもあるので、買えなかったらそのエントロピーの話のとこだけでも…。

(…感覚としては…ミスドでコーヒー飲んだ次の日に、大好きな大食い芸能人のブログに「昨日ミスドでエンゼルクリーム20個食べちゃいました♪」と書いてあるのを読んで、「うわ、ミスドに行ってたのは同じだ♪」と喜びつつ、「次はエンゼルクリーム食べよう!(20個は胃にも財布にも無理だけど)」…と密かに決意する…みたいな…感じ…かも。←すいません、ひどすぎました(^ ^;))

しかし…そうか、エントロピーか。初回に読んだときにはその単語で思い浮かべはしませんでしたが、イメージはたしかにそうですね。知識が豊富だと、たぶんアナロジーとしてのイメージの重奏・・・の、「音数」が、やっぱり増えるんでしょうね。でも、特定のアナロジーとして読まなくとも充分、というか、別の切り口で感動できました。ちゃんと描写してくれているので、そこを読みとれば充分なんです。そしてなによりそのイメージが、脳に快楽を与えるという意味で、美しいのです。…その美しさの基盤が(具体的なアナロジーを思い浮かべなくとも感じられるくらいに)堅牢なので、感傷的な感覚にも安心して浸れるというか。そのへんの「さじ加減」・・・堅牢で美しくてハイブロウなのに、読者の知識量に依存しない品の良さが…そしてそれを成立させられる密度が、読者に伝えることができる力量が…やっぱり飛びぬけているんでしょうね。

…ちょうど先々週ある本を読んでいたとき、エントロピーの話が織り込まれてて、ちょっと自分のもっている「おおざっぱなエントロピー」のイメージではとらえきれなかったので、きちんと知ろうといろいろ漁っていたところなんです。ペンローズの本での、そのへんのことについても触れるらしい、テッちゃんのインタビューは、今号でなく次々号に掲載されるらしいですね。お話についていけるように、それまでに予習しとこう・・・。

(最近は以前にも増して本を読む速度が遅くなったので、必死こかないと間に合わないかもしれません。コミケもあるし…!私の脳も「気圧が」下がってるみたい…ってバカなこと言ってる場合じゃないかも…(^ ^;))

2009/09/06

Ted Chiang in Japan

 日記のほうにちらほら書いておりましたが、韓国の帰りに日本にも寄ってくださったテッちゃん先生。星雲賞を受け取りに東京に滞在したあと、観光で金沢へいらしたそうです。セレクトがしぶいっスね。(自分も金沢は昔々(笑)修学旅行で行きましたが、ほとんど自由行動だったため、兼六園も見ずに友達と古本屋めぐりとかしていた記憶しかありません…今考えるとアホウでした…(^ ^;))

SF業界者さんの歓迎パーティー以外に、ファンをまじえたお茶会もあったそうなんですが、富山での日本SF大会で急遽参加希望者を募集…という限られた中での開催だったそうで、なんと希望者がたった六人だったとか。…もったいない!…まあそれで定員ぴったりだったそうなんですが、あとから知って地団駄踏んだファンの方は日本中にたっくさんおられると思います…(もちろん私もその一人でございます(^ ^;))次の来日時はぜひ、一般ファンも傍聴できるような講演会とかやって戴きたいものです…ホントに。

なんか作品発表ペースが上がってらっしゃるので(一年のうちに2作品の情報が出てくるなんて、前の『商人と錬金術師…』が5年ぶりだったことを考えるとウソのよう)チャンせんせの最新情報を一括配信してくれる公式サイトがあるといいんですがねえ。メーリングリストとかファンクラブ、ないのかな。グレッグ・イーガンさんみたいな自前公式サイトがあったら一番嬉しいんですが。…せめて(グループじゃなくて)個人ブログとか。…メンテナンスが面倒だったらコメント不可でいいですから。いかがっスか先生!?(ここに書いても虚しいですが…(^ ^;))

…東京滞在時のことと、韓国のファンタスティック映画祭については、SFマガジンの大森望さんのページにも取り上げられてました。お茶会の様子がちょっと詳しく読めるのは今のところこれだけ。迷ったすえに買いました…(^ ^;)。(SFマガジン連載の『SF観光局』は、現在のところ唯一チャン情報を摂取できる紙メディアなので、毎月立読みしていたつもりだったんですが…前月号で来日情報を予告してあったそうなんですが、気がつきませんでした!) 一月号にインタビュー記事も載るそうです。Exhalationの邦訳も載るし、これは楽しみです♪

ちょっとほかの情報を探す時間がとれないので、とりあえず日記に埋もれてしまいそうな発掘リンクだけ、こちらに移しておきますですね。

グーグルアラートが拾ってくれた、お茶会に参加なさった方のブログ
こちら

検索していて見つけた、大森望様のサイトの情報ページ。最新情報がうえにどんどん重なっていく形式なので、時間がたつと後ろの過去記事ページに移ってると思います。「第40回星雲賞発表」の記事の中に書かれていました。
こちら

こちらも検索で見つけた、お茶会参加者様のブログ
こちら

韓国で抜粋を朗読したという、最新作が気になります。
未完成なんでしょうか?発表が楽しみです!

2009/02/21

『Exhalation』感想

 やっと読み終わりました。いや、またやられました。メロメロにさせられちまいました。(^ ^;)

ある種の感傷に胸を締め付けられる感じと、すごく広いところへ心が開けていく感じを同時に味わいました。テッド・チャンやっぱり健在なり。

ネタバレを避けるとあまり書けることがないのですが…。たぶん、「人工知能もの」と言っていたやつがこれではないかと思います。でも普通に予想する「人工知能」とはまったく違いました。むしろ出てくる道具立てはレトロ。もしかしたら、これもまたハードSFな設定が基盤にあるのかもしれませんが、私の今の知識で読むと『七十二文字』なんかに近い感触。今の私たちとは違う「テクノロジー」が機能している世界の話です。そしてしょっぱなから、おおまかな行く末が示されてしまいます。
冒頭4行を拙訳で引用します。

長いこと、空気(アルゴンとも呼ばれる)は生命の源であるといわれてきた。
これは、じつは真実ではない。
私がどのように、生命のほんとうの源を理解するに至ったか。そして、
その当然の結果として、
いつの日か生命が終焉する道程を
いかに理解するに至ったか。
それを記述するために、
私はこれらの言葉を刻む。

素人判断ですが、文章のリズムというか言い回しが、わざと硬く、古い散文詩みたいな雰囲気で書かれている感じがしました。実際、ところどころ小声で読んだのですが(英文を「解読」していて夢中になるとよくやってしまうのです(^ ^;))、詩か古典戯曲みたいにリズムがかっこいい感じがする。コンマの打ち方とか、呼びかけや畳みかける言葉なんかも、気持ちいいリズムです。朗読されたら耳に心地よいかも。というか、俳優さんが上手に朗読したら一幕ものの朗読劇として成立しそうです。(言いすぎかな。すみません、根本的にファンなので(^ ^;))

…さて、内容ですが、主人公たちが基盤とするテクノロジーや、語られる「世界のメカニズム」自体にとてもオリジナリティーがあるので、そこは伏せます。読んでのお楽しみに。とにかく主人公はその世界の解剖学を学んでいる学生です。彼は(主人公の名前は出てきません。性別もわからないし、そもそも性別があるかどうかもわからないのですが、いちおう彼としておきます※追記・あとから確認したら、heという代名詞が使われていました。男女という概念が出てこないのは確かなので、男性という意味づけはあまり重要でないと思いますが、いちおう訂正しておきます。性別がないとしても、英語ではheかsheとしか書けないかも…)自分の頭を解剖することで、生命の秘密を知ろうとします。

この描写が…なんというか、官能的なんですよ。たまらなく。ぜんぜんそういう要素はないんですけど。これは『理解』でも感じました。なんなんだろう、この妙な色気は。(笑)とにかくこれが、自分にとってのチャン作品の魅力の一部…であるのは確かです。

…で、彼が突き止めた生命の秘密とは…?これも書くわけには参りませんので、読んだときのお楽しみに。ただ、(チャン氏はどこかで、量子論には手を出さないと言っていた気がしたけれど)この生命観は、最近のスピリチュアリズムと外縁部で接している、量子論イメージのメタファーみたい、と直感的には感じました。

(…というのは、じつは三年ほど前に書いた拙作『交霊航路』で「スピリチュアリズムの量子論的解釈」みたいなものを書きまして、それと今回の作品に出てきたアイデアが、(表現や道具立ては違いますが)イメージのうえで相似しているのです。で、もしかしたらイメージソースが一緒なのではないかと…。我田引水なうえに深読みしすぎてるのかも知れませんが、自然に連想してしまったのです(^ ^;))

ただし、『Exharation』には二重の仕掛けがあります。先ほど書きましたとおり、これは私たち人間の話ではありません。当然、「死生観」も人間とは違います。しかし読んでいると自然に、人間の比喩と受け取れるので、いろいろ想起させられました。

たとえば、昔どこかの雑誌のコピーでしたが、「脳は脳を理解できるか?」という問題。

そして今現在のリアルな問題、悪化する環境に対するさまざまな反応

そしてある種の生命観と、穏やかで開けた諦観

…一人称でつづられてきたこの文章は、「誰」に向かって書かれているのか?それが明らかになる瞬間、読者自身がぐいっと物語のなかに参加させられます。彼が「あなた」と呼びかける誰か。それを自身で演じながら読むような、もっと言えばダイレクトに自分に語りかけられているような、そんな感じになります。非常に切実な呼びかけなので、胸が熱くなります。

そのようにして、私はふたたび生きる。あなたを通して。

心霊的な意味でなく、こういう言葉が出てきます。文章を読む、ということの意味について、コナン・ドイルが『Through the magic door』で書いていたことを思い出しました…。今風に言えば、誰かが書いた文章を読むことは、その書いた人物の思考を一時的にダウンロードすることに似ています。

…この主人公が書いた文章がいつ、どういう状況で「読まれている」のか、いろいろ想像が広がります。最後に提示される言葉はとても真実だと思うし、絶望と希望と解放感、視野が広がる感じが入り混じります。切なくて、美しくて、すっと開けていく読後感。誤解を恐れずに言えば、テッド・チャン版のスピリチュアリズム、とも読めました。

…今回、チャン氏の作品を初めて1本まるまる原文で読みました。読みながら「自分ならどういう言い回しで訳すかな」と考えるのが楽しかったです。訳しても公開するわけには行きませんが、頭の体操として個人的にやってみようかな…と思います♪

 

『Exhalation』は、こちらのSFアンソロジーに収録されています。

2007/11/24

SFマガジン テッド・チャン特集 感想

 待ちに待った特集号♪でも分量少なくてあっさり読み終わってしまいましたので(しくしく)さっそく感想など
(初読後の気楽な感想文で、精読した書評ではありません。読み落としや誤読があるかもしれませんが、なにとぞご了承ください)


短編小説『商人と錬金術師の門』
テッド・チャン風アラビアンナイト。そして、顔から火が出るような表現ですが、まっとうな「愛の物語」。(短編集でも思いましたが、この方根本的なところでものすごくロマンチストさんだなあ…というか、ロマンティックな関係に対するある種の信頼があるんだなあ…とつくづく思います。博学さとは別の意味でうらやましい(笑))そしてやはり、構造の面白さと深みを備えた小品です。テッド・チャン健在なり。

道具立てとしてタイムマシン(歳月の門)が出てきますが、読んだ感触はSFという感じはしませんでした。これはいい意味で。…というのは、「タイムマシン」のメカニズムについてはまったく触れられていないんですよね…面白い。「SF」という意味をどうとらえているかによりますが、自分の感覚だと、SFと銘打ってタイムマシンが出るとなれば、その理屈が多かれ少なかれ説明されるのが「お約束」な感じがします。ところがそれはまったくありませんでした。

しかしチャン氏の言う意味での「魔法」(これについてはあとのエッセイのところで)でもないらしく、インタビューや翻訳なさった大森望氏の解説を読むと、ワームホールを使った「行き先を固定されたタイムマシン」というハードSFなアイデアに基いているらしいです。でもその理論は作中では読者に開陳されないし、読む上で必要でもありません。(予備知識があれば「音数」が増えるのでしょうが)
そのアイデアがなぜアラビアンナイトの世界と融合したのかは、チャンのみぞ知る…。日々のニュースで「バグダッド」と聞いて、反射的に連想するものを考えると、バグダッドを「平安の都」と表現することにも皮肉な意図を感じますが…まあ、それは勘繰り過ぎでしょうね。

…基盤に科学的アイデアがあるとしても、やはりタイムトラベル自体ではなくて、それで経験されるものが前面に感じられます。その意味では正直「これってSFなのか?」という感じもします。でも、やっぱりその「道具」がないと成立しない話なんですよね。またまた、アイデアと情緒の落としどころがぴたりと一つになる芸当を見せてくれてます。これがやはり持ち味なんでしょうね。

…逆に言うと、ガジェット描写に淫していない。…どころかすっ飛ばしている。いい意味でSFらしくないというのはその意味です。「良質な普通の小説」でカテゴライズされててもおかしくないような。ただ、舞台がアラビアンナイトの世界ですから「普通」で売るのも難しいでしょうけど…ほんとに商売っ気のない作家さんですね。このアイデアとロマンティシズムをそのまま現代に移し換えて長編化したら、一般受けするだろうに。(短編集に入っていた作品より少し「わかりやすく」なっていて映像的なので、容易にハリウッド映画用に脚色できそう(笑))。まあ、それをしないというか、考えもしないだろうというところに、ある種の「作家として信頼できる感じ」があるのですが…。(でも、やったとしてもべつに「裏切られたー」とか思いませんよ。もっと稼げばいいのに…ってそういう問題じゃないか!(笑))

錬金術師の正体とか、非常に気になるところがほったらかしですが、これを全部説明しちゃうとこの余韻はないんだろうし、「普通のSF」になっちゃうんだろうな。「不思議な物語」というのが一番合っている感じがします。土の中から発掘された、誰も読んだことのない話、みたいな。
陳腐な言い方ですが、この「歳月の門」を作っちゃったじいさん・バシャラートは、チャン氏のイメージとダブりました。(見かけじゃなくて(笑))プロフィールを知らなかったら、絶対年齢のいった人の作品だと誤解したと思います…。

それと、(これも短編集でも思ったのですが)女性登場人物に関する描写がリアル。というか、心理的にウソくさくないというか。これは男性が書いた小説では珍しいことなのでは?逆に男性キャラのほうが「キャラ」っぽかったり、女性にとって「都合がよい」キャラになってたりします。(男性読者にはどう見えているのだろう)そのため、短編集を読んだときは、女性が男性の名前で書いている可能性を考えたくらいでした。そのへんも面白さを感じるところです。

 

『特集解説』
監修の大森望氏による、収録作品の解説。ある意味作品と同じくらい興味深い情報が入ってて貴重でした。

じつは自分にとって、この作家さんの作品は、「何度も読み返したい」というタイプのものではありません。作品にはもちろん魅力を感じますが、誤解を恐れずに言えば、「なくてもかまわないけどあるとすごく贅沢」みたいな。人生に栄養をくれるタイプではなくて、あくまで高級嗜好品なんです。(だから、しょっちゅう新作を読みたいとは思わない)

でも、この作家さんから人生の栄養として得たものがあります。それがインタビューなどで繰り返し出てきて、この解説でも語られている「Occasional writer」 (日曜作家/大森氏訳)という概念でした。 ほんとは専業作家になりたいけれど・・・というネガティブな意味ではなく、自覚的にそうしているという生き方。そういうのが「あり」で、しかもそういう人がすごい作品を書いてしまう、という生きた見本がこの人。納得できるアイデアが出るまで書かないという、売文家の対極。ある意味贅沢な創作形態ですね。量産することや販売規模の大きさと、作品のクオリティーは別物…という「きれいごと」が、現実にあるのを見るのは素敵なことです。しかもリアルタイムに。

 

ショートショート『予期される未来』
ボタンを押す一秒前にライトが光るおもちゃから引き出される、自由意志の不在。個人的には、世の中それぞれが自分好みのウソを選んでるだけ、という感覚がぬぐえず、脆弱な精神になってしまっているので、今は正直、自由意志の問題でここまで深刻にはなれません。(やっぱチャン氏はアメリカ人だなー、とも思ったり)でも思考実験としての面白さは感じました。SFはそれ(思考実験)で充分なんですが、ほかのチャン氏の作品が情緒的にも深かったりするので、ちょっと「普通のSFショートショートみたい…!?」なんてへんな感想を持ちました。いやー、贅沢に慣れるのは早い!(笑)

 

『テッド・チャン・インタビュウ in Japan』
ワールドコンでのインタビュー企画の採録。チャン氏はクラリオン・ワークショップに参加して初めて、SFに興味を持つ仲間を得たそうで、「存在を知らなかった家族のよう」と言っています。ワタシにとってはこの企画会場自体が、「テッド・チャンの作品を読んでる人がこんなにワンサカいるなんて!」という嬉しい驚きの場でした。(SF小説を読む人自体が日常生活圏にいないので(^ ^;))。分量は少ないけれど、貴重な思い出の記録です。聞いてもピンとこなかった作家名などがはっきりしました。やはり知らない人ばっかりですが…(笑)

エッセイ『科学と魔法はどう違うか』
中国のSFコンベンションパンフレットに寄稿されたエッセイを改稿したもの。アーサー・C・クラークの「じゅうぶんに発達したテクノロジーは魔法と区別がつかない」という、有名な言葉から展開していきます。「SFとファンタジー」ではなく、「科学と魔法」なんですね。チャン氏は単純な線引きは避けつつも、やはりSF→科学、ファンタジー→魔法というイメージで話を進めています。

要約すると、科学技術によるものは誰にでも再現できて大量生産できるけれど、魔法は特殊な状況や選ばれた人のものであり、「宇宙が人間のようにふるまう」世界でしか成立しない、というようなお話でした。そしてSFもファンタジーもありで、両方から読者は利益を得る、というフォローつきです。(でもいっしょくたにはできない、ということなんですね)

読んでいて、「再現できるかどうか」についていろいろ触発されました。一見同じに見えて、じつは今の技術では検出できない条件の違いは…とか。以前はわからなかった「条件」がわかって再現できるようになれば、それは魔法から科学へと昇格するはず。科学技術は進歩=拡大していくものだし、技術の進歩は科学が魔法の領域をどんどん侵食していく過程なのかも。

途中、どうして「経済活動」というファクターが出てこないのかな、と思いました。大量生産には経済という条件がつきもの…。(個人的に、経済SFってできないかな、あったら読んでみたいな、とここ数年思っているせいもあって、つい頭を掠めてしまいました。もっとも、それはこのエッセイやチャン氏の著作に限らず、ジャンル全体としての住み分けのように感じますが)科学やSFと、経済という生臭いものは水と油…でしょうか。そうだとしたら、それ自体が例になってしまうのですが…ものや知識の有用性は、人や文化によって解釈が違うし、そうなれば事実であってもほったらかしになる分野はできて、知識(あるいは認識)の穴というか、死角になります。

このエッセイでは、
「中世の錬金術では…(中略)…卑金属(鉛)から貴金属(金)に転換することは、錬金術師の魂が卑から貴に変わることを表していたのである。こういう魂の浄化は大量生産できるものではない」…
とあるのですが、個人的にはその「魂の浄化」も、いずれは脳科学なんかで侵食されていくのではないか、と思っているので、ちょっと違う印象を持っています。

もちろんそれが解明されたら鉛から金ができるとかいう話ではなく、「今はまだ発見されていないもの」が発見されたら、「魂の浄化の大量生産」はできちゃうかもしれない…という可能性のことです。魂の浄化なんぞを大量生産しても経済的な見返りは乏しそうなので、あんまりないかもしれませんが。(それがさっき書いた、ほったらかしになる「知識の死角」です)

…フィクションでは、その手の「みんな聖人になっちゃう?」みたいなイメージは、おぞましいものとして描かれるのが常です。でもこれはたんに鑑賞作品としての「クセ」みたいなものではないかしら。そんなものを「絵になるように」「鑑賞に堪えるように」描きようがないとか、ぶっちゃけダークでないとかっこよく見えないとか(笑)、危険思想っぽいとか。ネタとして検討する前に、思考停止してしまう要素が多いような気がします。

…ちょっと話がそれてしまいました。チャン氏が科学として扱うものを考えるとき、思い出されるのが『理解』の主人公です。知能が異常に発達して、超能力的なものまで獲得した人物を描きながら、道徳やEQ的な意味での[意図の発達]はさせませんでした。(救世主志向的に描かれるレイノルズにしても、彼の意図は獲得したのではなくて、元からの性質が拡大しただけのように見える)ワタシには、認識力や視野の拡大(たんに情報量の増加でなく、解釈する能力自体の発達)と、個人が抱く意図の変化は、不可分のような気がするのですが…。チャン氏には、このへんに何かけじめがあるんでしょうね。「科学と宗教」や「科学と魔法」でなく、「科学と善悪」のような住み分けが。
(追記・『理解』に関しては、審美的であるか否かというテーマが大きくあるので、もちろん作品としての欠けとは感じていません。同じモチーフでも無数の扱い方がありえる中で、特殊な色気のある作品になっていて、かなり好きです…(ポッ))

…うーん、穿ちすぎちゃったかな?まとまりがつかなくなっちゃいました…それくらい触発的でした、ということで。(笑)

 

『大森望のSF観光局』
先々月号にちらりと書かれていた、インタビュー後にチャン氏をナンパして(ちがう)聞いた話の録音音源を、要約・文章化してくださいました。ボンクラ話はなかったけど(笑)興味深い話ばかりでした。(お忙しい中、文章化の労をとってくださった大森様に、読者の一人としてカゲながら感謝をささげます)
アメリカの文壇事情(?)…というと大げさですが、「アメリカの主流文学コミュニティにとって、そもそもSFは存在しない」と言い切られたのは意外。SF的な設定の「普通の小説」がけっこう蔓延してるのかと思いきや…たんに既得権益の問題かもしれませんが。でも、チャン氏の立場とか、態度の理由とか、ポリシーとか、いろいろ腑に落ちた点もあり。…慎重な物言いをする方で、「好きなもの・共感するもの」と「興味を覚えるもの」を明確にわけて話すんですね。

カット…ワタシもあの駄洒落はちょっと…(気持ちはわかりますけど(^ ^;))でも、笑い飛ばさずにマジメに答えていたチャン氏の、好感度をアップする効果があったのは確か。(笑)