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2011/04/23

"Karen Burnham and Ted Chiang In Conversation"

 グーグルアラートが最近拾ってくれた音源です。電話の録音(?)みたいですが音質はクリアなので、話されてる話題と単語(^ ^;)に馴染みがある方には聞き取りやすいと思います。前半の訥々とした語り口は横浜のワールドコンのときをホーフツとさせます。

Locus Online: Karen Burnham and Ted Chiang In Conversation

けっこう長いですが、話題はグレッグ・イーガンさんの作品について~AIについて~クローン育成のコストについてなど。残念ながら自分はイーガンさんの作品はほとんど読んでないので、そこの話題にはついていけず、聞き取れる範囲の単語から内容を推測するにとどまりました。(トランスクリプト求ム!(^ ^;))

AIやクローンの話になると、例えにスターウォーズのクローン軍団(たぶん)やスタートレック(二作目のThe Next Generation)のアンドロイドのデータ君が出てくるので、ところどころは私でもついていけました。スターウォーズのクローン軍団はたしかジャンゴ・フェットというすごく戦闘能力の高い人のクローンを大量に作って、それで最強軍団を作るって設定です。そーいう戦闘に向いてる人間を大量に、しかもクローンで…というあたりに、「アグレッシブな十万人の子供なんて、誰が面倒見るの?」みたいなツッコミが入ってました。(笑)

むかーしの「クローン」て、コピー元の年齢のまま、記憶も受け継いで作られるイメージでしたよね。(ルパンのマモーとか)その頃に作ってしまった設定なんじゃないですかね。 …どの遺伝子が発現するかわからない、遅れて生まれた双子みたいな精度では、「この機能がウリ」みたいなクローン育成ビジネスは無理そうですもんね。(自分はジャンゴ・フェットがいい男だったので、まったく違う意味で「ハーレム軍団ステキ~♪」とか喜んでたバカですが!(笑))

スタトレのほうは、アンドロイドのデータと船内コンピュータ(口頭でコミュニケートできるインターフェイスで、声をアテてたのはプロデューサーの奥さんのメイジェル・バレット)はどうしてああも扱いが違うのか、というあたりを。チャン氏によればデータはキャラクターで、船内コンピュータはただの便利な道具。違いは意識があるかどうか。便利な道具に意識はいらない。だってグーグルに意識なんてもってほしくないよね!…という、しごくまっとーなご意見でした。(わかった単語の範囲では(^ ^;))

(聞いてて思ったのは…ある意味意識の有無とつながってますが…「見た目」が人間ぽいかどうかが、けっこう重要だな、ということ。少なくとも「顔」っぽい部分があって、それが喜怒哀楽を適切に表現していれば、コチラは勝手に「意識がある」ように感じることがあります。たとえそれが、意識でなくプログラムだとしても。
一方で、以前「単純なお掃除ロボット(ルンバみたいな)に名前をつけて、ペットみたいに愛着をもつ人たち」の話題をネットで読んだことを思い出しました。故障すると、買い替えより修理して同じ個体(?)を使うことを望む人が多いんだとか。これはある意味、道具でなくキャラクターとみなしていることになりますね。
その「モノ」自体の機能のレベル…実際の意識の有無(そもそもどうやってそれを測るのかは難しい問題ですが)とかより、コチラ側がどう受け取るかという問題が大きいのかもしれません。それってじつは、根本的な意味での「意識」とか「知性」とかの定義と、その限界につながる話で…人間には「人間ぽい」知性・意識のみがそれと感じられるのだし、それだって外部出力と切り離されたらもう存在を感知できない…ああ、勝手なイモヅル思考を書くのは楽しいけど収拾つかなくなりそうなので(笑)、このへんでやめときます)

…というわけで、ホントに気楽なおしゃべりと言う感じで面白かったです。質疑応答でもディベートでもないから、かえって話題が一般的なレベルまで広がってくれて。(インタビュアーさんの広げ方がうまいのかも)後半、SF設定の経済的なリアリティーについての話(ツッコミ?)がいろいろ出ていたみたいで、個人的には興味がある切り口なんですが、後半になるにつれて口調が滑らかになってくるので…速くて聞き取れませんでした…(涙)(あと、辞書引こうにもスペルがわかんないと!(^ ^;))
でもこーいう肩の凝らない話がもっと聞きたいなー、と思いました。個人的には例えが映像作品だとついていきやすいので、『ゴッド・アーミー』とかそのへんのネタでとりとめない話を聞いてみたいです~。

SFマガジンのインタビューとかだと、やはり小説とか、ハードSFっぽい科学の話題とか、よそゆきの(?)話に終始してしまう感じがするので、もっと広く一般的な話を聞ける機会が増えるといいなー、と思います。…しかしチャン氏の口からスタトレネタの話なんて聞けるとは思いませんでした♪(見ていたこと自体になんかびっくり。スタトレとかスターウォーズとかポピュラーな映像作品って、ハードSF系の趣味の方は歯牙にもかけないのでは?というイメージを勝手に持っていたので…)なんか雲の上の人から、いっきに地続きの人という感じに?(標高差はかなりありそうですが!)

最後はお決まりの質問をということで、今後の作品の予定を聞かれてましたが、現在進行中・準備中のものはないとのことでした。残念。だけど次のを待ってる間に、今回のみたいなコンテンツでぼちぼち露出してくれたら嬉しいです。(でも、やっぱテキストにしてくれるともっと助かるんですが…いや、あの二枚目声を聴けること自体は嬉しいんですけど!(^ ^;))

2011/02/24

"The lifecycle of software objects" ネビュラ賞ノミネート

 グーグルアラートがひさしぶりのニュースを拾ってくれました。

"The lifecycle of software objects"が、ネビュラ賞ノヴェラ部門の最終選考に残ったそうです。 おめでとうございます♪(finalistってそういう意味ですよね?(^ ^;))

グーグルアラートが拾った Subtarranean Press のアナウンスページ
Ted Chiang, Paolo Bacigalupi and Rachel Swirsky — Nebula Award Finalists
(※引っ越し時点ではリンク切れです)

個人的には、もともと賞レースにはあまり興味がないのですが、チャンさんはもはや常連の感がありますね。他を読んでいないので比較ができませんが、すごすぎますね。 なんかただのミーハーファンが軽々しく、こんなページを書いていて、恐れ多い気持ちです。(^ ^;)

2010/12/12

"The lifecycle of software objects"感想

 英語版のほうをようやく読了しました。

データアースという電子空間(セカンドライフみたいなもの?)で生きる、ディジエントと呼ばれるソフトウェア生命体の一人ジャックスと、彼を育成するアナという女性、アナの同僚デレク、デレクの所有しているディジエント、マルコとポーロ…を中心にした、バーチャル生命体と人間の関わり方に関する物語でした。

ディジエントは最初、見かけのかわいい、仮想空間で飼うペットのような位置づけで開発されますが、しだいにその存在が、アナやデレクにとっては人間並、あるいはそれ以上のものになっていきます。コンピューター業界の流行り廃りが彼らの周りの状況をどんどん変えていきます。

…正直にいいます。「…えっ、これで終わり?」と思いました…。(^ ^;)

バーチャル空間の生命体倫理と生身のユーザーのかかわり合い、というテーマでは、昔、内田美奈子さんのコミックで『BOOM TOWN』という傑作があったので、どうしても比べてしまい…。

それは別にしても、「アイデアと情緒の落としどころがぴったり一つになる」という、「いつものチャン節」は感じられなかったのが、ちょっと残念。じつは似たような感覚は、以前ほかのチャン作品でも味わったことがあります。『予想される未来』や『ゼロで割る』(最初に読んだとき)です。(ということは、『ゼロで割る』みたいに何か読み落としている可能性も…?)

英文なので読むのにちんたら時間かけすぎたのも原因かも…だとしたら自分のせいもありますね。

とはいえ、読んでる間はページごとに思考実験の連続という感じで、触発されるという意味ではてんこ盛りでした。ただ、それが大部分キャラクターたちの議論として提示されるのが、個人的には「まだ物語になってない」印象でした。アイデアがそのまま書かれているような部分が感じられて…シーンに構成されきってないというか?議論止まりで、出来事に至らないのです。自分が古い映画好きだからこう思うのかしら…。小説だとこれでもいいのかも。…でも、物足りなく思うのは実感なんですよね…。

(「チャン作品だから」と、期待しているレベルがもとから「普通より高い」ことは影響していると思います)

アメリカ人は法廷ドラマを好むそうですから、議論自体で楽しめるのかもしれないな、とは思います。けれど、自分はちょっと物足りなかったです。

それと、根本的なところで、設定に入り込めなかった部分もあります。ディジエントは「自分の意志を持っている生命体」として描写されています。それがどうして可能なのか、が、「ニューロブラスト・エンジン」というものに依存しているようなのですが、そのへんの具体的な説明がないので、イマイチイメージしにくい。でも「感情があるようにリアクションするようプログラムされているキャラクター」とは違う、ようなのです。ここらへんは有名なチューリング・テストをホーフツとさせる要素なのだと思いますが、それが要素のままに見えました。そこがなんというか、「まだあらすじ段階」みたいな印象です。SF小説では、こういう要素を本歌取り的に織り込むことで、充分喜んでくれる読者層がいる…ということは想像できるのですが。…いや、チャン作品だから、やっぱりそれ以上を期待しちゃうんですよね…勝手な期待ですが。

それと、描写を見る限り、データアースに入るユーザーはコンピューターのウインドウを通してそれを見ています。BOOM TOWNのような「感覚変換装置を通して、実際に空間内にいるように体験する」ものではない。後半では、その世界でディジエントに売春をさせるという可能性が提示されるのですが…それがどーもしっくりこない。このシステムを見る限り、たとえそれがなされたとしても、ユーザーは自分のアバターとバーチャル空間内のキャラクターがいちゃついてるのを「画面で見る」だけ、としか受け取れなかったのです。はたしてそんなもんにお金を払う人いるんだろうか?というレベルで素朴な疑問(?)が。

…物語のなかで問題にされてるのはユーザーのことではなく、あくまでディジエンツへの影響なんです。どーも、自分の目線がユーザー寄り、描かれていることはディジエンツ寄りという距離感が解消できなかった感じです。…ああ、セカンドライフもやったことないし、ゲームもやらず、たまごっちさえ挫折…という自分には入り込めない世界なのカシラ。議論もディジエント所有者同士のものがほとんどなので、立場の違う人との具体的な議論が読んでみたかった気がします。たとえば、アナと恋人のカイルや、デレクと奥さんとか。
(両方とも、パートナーが自分ほどディジエントに共感を持っていない、というシチュエーションで、意見が平行線だったということしか触れられないのですよ。まあこれはこれで、人間関係そのものへの洞察が味わえるのですが)

ただ、提示される一つ一つの「可能性」はすごく興味深いです。以前チャン氏のインタビューに対する感想で、「なぜSFでは経済という要素が切り捨てられてしまうんだろう」みたいなことを書いたんですが、今回の作品には、経済のファクターががっつり取り入れられています。(その分、「SFらしくない」という印象を持つ読者さんも多いかもしれませんが)

提示されるそれぞれの可能性が「実現してしまった場合」を、短いエピソードにしてオムニバス風にまとめたら、火星年代記ならぬディジエンツ年代記みたいで面白そうなんだけどなあ…そしたらもっと大部の本になるのになあ…とか、よけいなことを考えてしまいました。もちろん読者としては長けりゃいいってもんじゃないですが、なんかもったいない感じがするんですよ…。うーん、馴染んでいる漫画で例えますと、そのアイデア一つで何ページもドラマを仕立てられそうなのに、生(き)のまま4コマ漫画にして半ページ分にしかなってない、みたいな。(ちょっと違うか?(^ ^;))

印象に残った描写ももちろんあります。本筋には関係ないのですが、ユーザーの使うアバターが人間型に限定されてないこと。たしか、えんえんと金貨が降り続ける、という形のアバターが(ワタクシの誤読でなければ)出てきて、うわー、新鮮!と思いました。そういう人間型でないアバターを長時間着ると、感覚も変わるだろうなー、と。

泣けたシーンもあります。ジャックスたちが、遊びながら斜面ででんぐり返りをすることを覚えてはしゃぐところ。ある問題が起こって、その記憶を含む部分より前まで記憶が巻き戻されます。そうすると、体で覚えたこともなかったことになってしまう。ディジエントの本質が現れてる気がしたんですが、この要素が後半では絡んでこないのが、ちょっともったいない印象です。

あと、ディジエントは経験によってしか成熟できない、というあたりの議論。物語としてというより、自分の身に置き換えてグサリときました。

知識として知っているだけで、体験なく「わかったつもり」になってるものが、自分の脳味噌のなかでどれだけの比率を占めていることか。もしかしたら、意識しているレベルでは、実体験のデータ量より多いかもしれません。(だた歩くだけでもデータに換算したら膨大な量、という意味で考えればぜんぜん変わりますが、あくまで意識できるレベルで)
とにかく、素朴な疑問部分を含めて、自分が英語を誤読している可能性もあるので、これから翻訳を読んでみようと思います。

(間違って読んでいたら、この感想もあとでしこたま修正を入れることに(汗)なりますが、いちおう今の段階の感想を書き出しておきたかったので、邦訳読む前に書きました)

2010/11/28

新作が早くもSFマガジンに!

 昨夜、テッド・チャンの"The Lifecycle of software objects"の翻訳が今月号のSFマガジンに掲載されていると知り、今朝あわてて本屋さんに行ってきました!

S-Fマガジン 2011年 01月号  

すごいですね、表紙にどどんとお名前が。人気あるんですね。(身の回りにファンがいないのでどーもロビンソン・クルーソーな気分が抜けないのですが(^ ^;))

でもせっかくここまで英語で読んだのだし(現在kindleの表示で85%)、正直購入はどうしようかなあ、と思ってたんです。おまけに買い込んだドキュメントスキャナで一生懸命紙減らしをしているところだし・・・。たぶん早めに単行本も(もしかしたら"Exhalation"と抱き合わせで)出るだろうし、結果的に二重に買うことになっちゃうよなあ。立ち読みして、ほかになにか情報が載ってたら買おうかなあ、と、道々考えながらお店へ。

が、扉のイラストを見たとたん、あっさりレジに向かってしまいました。(笑)そうなんですよ!読んでて頭に浮かぶディジエンツはこーいうかわいいイメージなんです。マルコとポーロですね、これは♪

・・・洋書のイラストはロボットのジャックスの、わりと痛々しいイメージのイラストが多かったもので、なんか違和感あったんです。(まあ、内容的にそういう部分が大いにあるのですけど)日本とアメリカの違いってこういうところにも出るのかな。原作本と翻訳をこういう風に見比べる体験はしたことがないので、面白いなあ、と。やっぱり「カワイイ」="Cuteness" は日本の十八番ですね。ジャックスじゃなくてマルコとポーロを持ってきたところに、なんかお国柄が出ている気がします。

・・・駅前のTSUTAYAになくて冷や汗をかき、別のお店で見つけてとりあえず手に入れてほっとしました。でも作品以外に特に情報というのはないようなので、しばらくこちらはお預けにして、英文のほうでいったん読み切ろうと思います。翻訳はそのあと、答え合わせ(?)の意味で読もうかと。(誤読してるかもしれないので~(^ ^;))正直体調のせいで英文を読むのがつらくて、しばらく放置してました。持ち直してきたところでタイミングよくカツが入りましたので、改めて続きを読みまーす♪