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2009/11/25

この圧巻を、ぜひ。/テッド・チャン『息吹』

 待ちに待ったS-Fマガジン1月号が発売になりました。テッド・チャン『Exhalation』の邦訳掲載号です!今回は先に初掲載時のアンソロジーを読むことができたので、個人的には再読でありますが、やはり最後の2ページくらいになると目が潤んでしまいました。喫茶店で読んでたので困りました。(笑)

作品についての紹介と感想は、前に読んだときに書いたので、そちらをご覧ください。
(→『Exhalation』感想)…このときは、未読の小説を英文で読むこと自体…ネットでしか読めないスラッシュや無料ネット図書館の拾い読みをのぞけば…初めてだったので、誤読を恐れていましたが、今回の邦訳を読むと「そのとおり」の話だったので、ちょっとホッとしました(^ ^;)。ただ、感想の中で「この作品がそれではないか」と書いているAIものは、今回の解説によると別の作品だそうで、もうすぐ完成するそうです)

とにかく芳醇な、端正な短編です。わずか13ページ。信じられない。ラスト2ページのイメージの圧巻ぶりと、同時に胸を締め付けられるある種の、感傷的感覚。でもこの感傷は内向きのじめじめしたものではなくて、夜に一人で星空を見上げて、それがあまりに広大なのを認識したときに感じるものと似ています。(だから感傷というのはちょっと違うかもしれないんですが、うまい言葉が見つかりません…前の感想を読み返したら、そちらでも感傷という言葉を使ってますね…ボキャブラリーが増えてないわけです…)

前にも引用しましたが、ここが心にダイレクトに響きました。(拙訳で失礼します)

そのようにして、私はふたたび生きる。あなたを通して。

…SFに限らず、小説読書量自体が少ない自分は、常にそちら方面にアンテナを張ってるわけではないので、テッド・チャンの作品を知るチャンスを得たのは偶然の幸運です。そんな私なんぞがおすすめと言うのは僭越で気が引けますが、逆に言うと「SF読み」でなくとも引きずり込まれる作品なのだと思います。

そんなわけで、ジャンルの枕詞なんかいらない、普通に(?)珠玉の作品だと思うんですが、「SFならではの作品」とよく評されているんですよね。そのへんが自分にはよくわかりません…。あてているものさしが自分用すぎるのか、あるいは「SFでない小説」というものが、よくわかってないのかもしれません(笑)。でも、よくチャンと並び称されるSF作家のグレッグ・イーガンの作品は、私の目にはまったく印象が違いました。…なので、「…が好きな方におすすめ」という勧め方が、私にはできません。

でも、 この美しい圧巻、機会があったらぜひぜひ多くの方に味わっていただきたいです。
…この号はSFマガジン自体の五十周年記念号でもあります。(今月は海外SFで、来月は国内SFの記念号になるらしいです)…すごい。私の生まれる前からあるんですね、SFマガジンて。まあそのおかげで今月号は高くて、正直びっくりしましたが(笑)、その巻頭を飾るのがテッド・チャンというのが嬉しい!そしてそのほかの現在の代表的作家さんの作品と、過去の傑作再録も載っていて豪華です。私のような「SFはそこそこ好きだけど量は読んでない」なまぐさ者には、一気に視野を広げてくれそうな(?)一冊です。他の作品もこれからゆっくり楽しもうと思います。…レトロSFのビジュアルが好きな自分としては、創刊号の表紙イラストを紹介したカラーページも魅力的です。あ、グラビアでは海外作家さんの祝辞と写真も載っていて、テッちゃんせんせのもあります!横浜でのワールドコンに触れていて、ちょっと嬉しいです。(笑)

…今回のチャン作品の解説に、イメージソースとなった本が書かれていて興味深かったです。二つあるうちのひとつ、フィリップ・K・ディックの『電気蟻』というのは読んだことないので、探して読んでみようかと思いました。もう一方はロジャー・ペンローズの『皇帝の新しい心』!・・・ペンローズさんは、ここではまだ話題にしたことが(たぶん)ないのですが、じつはここ数ヶ月くらいちまちまと調べている事柄に関連して、何度も出会った名前なんです。で、しょーがないので(?)先月『ペンローズの“量子脳”理論』というのを買ったばかり。関係書籍のなかでは文庫で比較的安かったので…。(←しかも拾い読みしただけで放置中…(^ ^;))

『皇帝の新しい心』は気になってるのですが、ぶっちゃけあまりに高いので避けたんです…。(だって7770円て…(^ ^;)みすず書房の本て面白そうなのばっかだけど高すぎる~っ!デフレの波は本には及んでくんないのか!?「みすず文庫」とか廉価にしてくれたらじゃんじゃん買いたいんだけど~!(泣))

でもテッちゃん先生が読んだのなら…読もう。読むわ。高いけど。それに私には難しそうだけど。そしてやっぱり高すぎるけど。…図書館にもあるので、買えなかったらそのエントロピーの話のとこだけでも…。

(…感覚としては…ミスドでコーヒー飲んだ次の日に、大好きな大食い芸能人のブログに「昨日ミスドでエンゼルクリーム20個食べちゃいました♪」と書いてあるのを読んで、「うわ、ミスドに行ってたのは同じだ♪」と喜びつつ、「次はエンゼルクリーム食べよう!(20個は胃にも財布にも無理だけど)」…と密かに決意する…みたいな…感じ…かも。←すいません、ひどすぎました(^ ^;))

しかし…そうか、エントロピーか。初回に読んだときにはその単語で思い浮かべはしませんでしたが、イメージはたしかにそうですね。知識が豊富だと、たぶんアナロジーとしてのイメージの重奏・・・の、「音数」が、やっぱり増えるんでしょうね。でも、特定のアナロジーとして読まなくとも充分、というか、別の切り口で感動できました。ちゃんと描写してくれているので、そこを読みとれば充分なんです。そしてなによりそのイメージが、脳に快楽を与えるという意味で、美しいのです。…その美しさの基盤が(具体的なアナロジーを思い浮かべなくとも感じられるくらいに)堅牢なので、感傷的な感覚にも安心して浸れるというか。そのへんの「さじ加減」・・・堅牢で美しくてハイブロウなのに、読者の知識量に依存しない品の良さが…そしてそれを成立させられる密度が、読者に伝えることができる力量が…やっぱり飛びぬけているんでしょうね。

…ちょうど先々週ある本を読んでいたとき、エントロピーの話が織り込まれてて、ちょっと自分のもっている「おおざっぱなエントロピー」のイメージではとらえきれなかったので、きちんと知ろうといろいろ漁っていたところなんです。ペンローズの本での、そのへんのことについても触れるらしい、テッちゃんのインタビューは、今号でなく次々号に掲載されるらしいですね。お話についていけるように、それまでに予習しとこう・・・。

(最近は以前にも増して本を読む速度が遅くなったので、必死こかないと間に合わないかもしれません。コミケもあるし…!私の脳も「気圧が」下がってるみたい…ってバカなこと言ってる場合じゃないかも…(^ ^;))

2009/02/21

『Exhalation』感想

 やっと読み終わりました。いや、またやられました。メロメロにさせられちまいました。(^ ^;)

ある種の感傷に胸を締め付けられる感じと、すごく広いところへ心が開けていく感じを同時に味わいました。テッド・チャンやっぱり健在なり。

ネタバレを避けるとあまり書けることがないのですが…。たぶん、「人工知能もの」と言っていたやつがこれではないかと思います。でも普通に予想する「人工知能」とはまったく違いました。むしろ出てくる道具立てはレトロ。もしかしたら、これもまたハードSFな設定が基盤にあるのかもしれませんが、私の今の知識で読むと『七十二文字』なんかに近い感触。今の私たちとは違う「テクノロジー」が機能している世界の話です。そしてしょっぱなから、おおまかな行く末が示されてしまいます。
冒頭4行を拙訳で引用します。

長いこと、空気(アルゴンとも呼ばれる)は生命の源であるといわれてきた。
これは、じつは真実ではない。
私がどのように、生命のほんとうの源を理解するに至ったか。そして、
その当然の結果として、
いつの日か生命が終焉する道程を
いかに理解するに至ったか。
それを記述するために、
私はこれらの言葉を刻む。

素人判断ですが、文章のリズムというか言い回しが、わざと硬く、古い散文詩みたいな雰囲気で書かれている感じがしました。実際、ところどころ小声で読んだのですが(英文を「解読」していて夢中になるとよくやってしまうのです(^ ^;))、詩か古典戯曲みたいにリズムがかっこいい感じがする。コンマの打ち方とか、呼びかけや畳みかける言葉なんかも、気持ちいいリズムです。朗読されたら耳に心地よいかも。というか、俳優さんが上手に朗読したら一幕ものの朗読劇として成立しそうです。(言いすぎかな。すみません、根本的にファンなので(^ ^;))

…さて、内容ですが、主人公たちが基盤とするテクノロジーや、語られる「世界のメカニズム」自体にとてもオリジナリティーがあるので、そこは伏せます。読んでのお楽しみに。とにかく主人公はその世界の解剖学を学んでいる学生です。彼は(主人公の名前は出てきません。性別もわからないし、そもそも性別があるかどうかもわからないのですが、いちおう彼としておきます※追記・あとから確認したら、heという代名詞が使われていました。男女という概念が出てこないのは確かなので、男性という意味づけはあまり重要でないと思いますが、いちおう訂正しておきます。性別がないとしても、英語ではheかsheとしか書けないかも…)自分の頭を解剖することで、生命の秘密を知ろうとします。

この描写が…なんというか、官能的なんですよ。たまらなく。ぜんぜんそういう要素はないんですけど。これは『理解』でも感じました。なんなんだろう、この妙な色気は。(笑)とにかくこれが、自分にとってのチャン作品の魅力の一部…であるのは確かです。

…で、彼が突き止めた生命の秘密とは…?これも書くわけには参りませんので、読んだときのお楽しみに。ただ、(チャン氏はどこかで、量子論には手を出さないと言っていた気がしたけれど)この生命観は、最近のスピリチュアリズムと外縁部で接している、量子論イメージのメタファーみたい、と直感的には感じました。

(…というのは、じつは三年ほど前に書いた拙作『交霊航路』で「スピリチュアリズムの量子論的解釈」みたいなものを書きまして、それと今回の作品に出てきたアイデアが、(表現や道具立ては違いますが)イメージのうえで相似しているのです。で、もしかしたらイメージソースが一緒なのではないかと…。我田引水なうえに深読みしすぎてるのかも知れませんが、自然に連想してしまったのです(^ ^;))

ただし、『Exharation』には二重の仕掛けがあります。先ほど書きましたとおり、これは私たち人間の話ではありません。当然、「死生観」も人間とは違います。しかし読んでいると自然に、人間の比喩と受け取れるので、いろいろ想起させられました。

たとえば、昔どこかの雑誌のコピーでしたが、「脳は脳を理解できるか?」という問題。

そして今現在のリアルな問題、悪化する環境に対するさまざまな反応

そしてある種の生命観と、穏やかで開けた諦観

…一人称でつづられてきたこの文章は、「誰」に向かって書かれているのか?それが明らかになる瞬間、読者自身がぐいっと物語のなかに参加させられます。彼が「あなた」と呼びかける誰か。それを自身で演じながら読むような、もっと言えばダイレクトに自分に語りかけられているような、そんな感じになります。非常に切実な呼びかけなので、胸が熱くなります。

そのようにして、私はふたたび生きる。あなたを通して。

心霊的な意味でなく、こういう言葉が出てきます。文章を読む、ということの意味について、コナン・ドイルが『Through the magic door』で書いていたことを思い出しました…。今風に言えば、誰かが書いた文章を読むことは、その書いた人物の思考を一時的にダウンロードすることに似ています。

…この主人公が書いた文章がいつ、どういう状況で「読まれている」のか、いろいろ想像が広がります。最後に提示される言葉はとても真実だと思うし、絶望と希望と解放感、視野が広がる感じが入り混じります。切なくて、美しくて、すっと開けていく読後感。誤解を恐れずに言えば、テッド・チャン版のスピリチュアリズム、とも読めました。

…今回、チャン氏の作品を初めて1本まるまる原文で読みました。読みながら「自分ならどういう言い回しで訳すかな」と考えるのが楽しかったです。訳しても公開するわけには行きませんが、頭の体操として個人的にやってみようかな…と思います♪

 

『Exhalation』は、こちらのSFアンソロジーに収録されています。